個別賃金要求方式の基本的な知識
加盟組合のみなさんは、労使で決定した新賃金でこの一年間を働くことになるわけですが、建設産業を取り巻く環境や会社業績の悪化を反映して、今年の賃金交渉は大変厳しい結果となりました。
この状況は建設産業だけでなく、全産業においても同様でしたので、新聞紙上にも賃金交渉の記事が数多く掲載されました。みなさんも新聞で、「○○社過去最低の賃上げ2.18%,額で7,800円」というような記事を見たことと思います。そういった記事のなかで「平均賃上げ方式」「個別賃金要求方式」という言葉を見かけませんでしたか?
実は、この「平均賃上げ方式」「個別賃金要求方式」という言葉は、賃金関連の記事ではよく出てくる言葉で、賃金交渉を行なう際には重要なものなのです。「平均賃上げ方式」「個別賃金要求方式」とはいったいどういうものなのでしょうか?
平均賃上げ方式と個別賃金要求方式の特徴(表−1) 平均賃上げ方式
個別賃金要求方式
ベ ー ス
対象在職者の平均賃金
賃金表
ベ ア
平均をいくら上げるか
賃金表の改定
定昇・ベア
区別できない
区 別
初 任 給
対 象 外
労使交渉による
メリット
- 会社の一人当たりの賃上げ原資を把握するのに便利
- 他社比較が容易となり、格差是正の取り組みがしやすくなる。
- 個別賃金に移行するためには、賃金表作成が不可欠であり、そのために賃金制度の整備が促進される。
デメリット
- 一人ひとりの賃金がいくらになったのかの把握ができない。
- 定昇とベアの区別ができない。
- 他社比較ができない。
- 特定銘柄の選定が難しい。
各加盟組合の
要求方式フジタ、ペンタ、奥村、鴻池、住友、アサヌマ、東洋、松村、青木、日産、大日本、大豊、小松、チザキ、JS、東鉄、名工、大鉄、馬淵、佐藤秀、丸彦、横河、さいき、中山、宮地、アタラシ、ピー・エス(27組合) シミズ、戸田、佐藤、飛島、三井、ハザマ、西松、錢高、鉄建、安藤、三菱、小田急、井上、野村、藤木、松井(16組合)
平均賃上げ方式
平均でいくら上がったのかはわかるが、
一人ひとりの賃金をいくらにするかはわからない。平均賃上げ方式とは、一人当たりの平均賃上げ額(率)について要求し、交渉し、決定する方式をいいます。「社員平均、組合員平均10,000円を要求する」といったものが、平均賃上げ方式です。
この平均賃上げ方式は、一人あたりの人件費コストの上昇額(率)を示すものであって、一人ひとりの賃金について示したものではありません。一人ひとりの賃金は、平均賃上げ額(率)が決定した後に、その賃上げ原資の配分として決まることになります。ですから、平均でいくら上がったのかはわかりますが、自分はいくらあがったのかはわかりません。
また、他社との賃金レベルの比較が、平均年齢、労務構成等の違いによってできません。さらに、定期昇給分とベアとの区別がはっきりしません。
このように、平均賃上げ方式は、会社が一人あたりの賃上げ原資をいくら用意するかということについては便利ですが、一人ひとりの賃金をいくらにするかという賃金の原点からいうと不透明な方式であると言えます。この不透明さに起因してか個別賃金要求方式に変える組合が増えてきています。
個別賃金…年齢、職種、熟練度などの銘柄
個別賃金要求方式…銘柄の賃金をいくらにするか個別賃金とは、一言でいえば特定条件別の賃金をいいます。特定条件とは、年齢、職種、熟練度等をさし、銘柄と呼ばれています。たとえば大卒総合職35歳という銘柄で基本賃金350,000円といった賃金を個別賃金といいます。
今、私たちの賃金のなかで、もっとも身近に個別賃金を採用しているのが、初任給です。例えば大卒総合職初任給200,000円というのは、大卒総合職1年目という銘柄で、1ヶ月の所定内賃金200,000円で労働契約を結ぶということになるわけです。
賃金交渉において、前述した特定の銘柄に該当する労働者の賃金をいくらにするかについて要求をし、交渉し、決定する方式を「個別賃金要求方式」とよんでいます。
個別賃金要求方式は、賃上げを要求する際、何に着目するかによって大きく三つの種類に分かれます。それぞれ説明しましょう。
- 特定銘柄の賃金水準そのものの要求
例 大卒総合職35歳で350,000円を要求する。- 特定銘柄の定期昇給分を除いた賃上げ要求
例 大卒総合職35歳でベア額1,800円を要求する。- 特定銘柄の定期昇給分を含んだ賃上げ要求
例 大卒総合職35歳で定昇込み額10,000円を要求する上記をみると、1は、「賃金の絶対額」での要求であり、2、3は「上げ幅」での要求です。
現在、日建協加盟組合の要求は、前述の平均賃上げ方式か個別賃金のベア額要求であり、「上げ幅」の要求となっています。実は、この要求方式そのものが今、大きな曲がり角にきているのです。
上げ幅交渉の限界
今年の賃上げ交渉で特徴的だったことは、多くの加盟組合がベアゼロ要求をしたことです。その主要因が、前述した通り、建設産業を取り巻く環境や会社業績を反映したものであることはいまさら言及するまでもありません。しかし、もう一つの大きな要因として、従来、労働組合がベースアップ要求をしてきた根拠そのものの限界が見えてきたことがあげられるとと思います。
現在のわが国の賃金交渉におけるベースアップの「要求の組み立て方」の多くは、<物価上昇分+生活向上分>を賃金の「上げ幅」として要求する方法です。物価上昇によって実質的に目減りした賃金を補正し、同業他社との格差是正分等種々の要因によって賃金を引き上げてきたのです。
しかしながら、物価上昇分を求めるときに使用する指標である消費者物価上昇率(CPI)は、調査機関によるバラツキはあるものの、本年においては平均でほぼゼロであり、この傾向がここ数年は大きく変わることはないと考えられます。
また、生活向上分については、会社業績の悪化等の理由により見送ることが多くなってきました。生活向上分を含めた「上げ幅」での要求が、実質的に困難になってきているのです。
絶対額での要求の必要性と日建協の取り組み
困難になってきた「上げ幅による要求」の見直しをはかるため、日建協では、「絶対額による要求」を検討しています。産業別組合である日建協が、建設産業に働くホワイトカラー層の賃金として妥当と考えるレベルを提示し、加盟組合は、そのレベルを目指して各々の現在の賃金レベルからのアップをはかる取り組みが必要ではないかと考えているのです。
無論、そのレベルの妥当性が問題になることはいうまでもありませんが、加盟組合との協議を重ねることにより、十分クリアーできると考えています。現在、その「賃金レベル」を検討するために、加盟組合の代表の方に集まっていただき、プロジェクトチームを編成して協議しています。
これから、わたしたちを取り巻く社会や経済の状況がますます混沌としたものとなることが予想されます。こういう時代だからこそ、わたしたちの「唯一の生活の糧」である賃金について要求根拠を明確にするとともに、「賃金の絶対額」で粘り強く交渉していくことが、組合員の生活を向上させていくことにつながると思います。一度「個別賃金」についてみなさんも考えてみてください。
Compass 1999/Jun Vol.729
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