スポーツ選手には契約更改という大切なイベントがあり、その期になると「○○投手に年俸5億円を提示!!」といった記事がスポーツ紙を賑わします。この一年の成果をお金に換算し、契約更改を行うのです。スポーツ選手に多くみられるこの賃金の支払われ方が私たちサラリーマンの間にも浸透しつつあり、新しい賃金体系としていくつかの企業で導入されています。この成果主義賃金についてみなさんと一緒に考えてみたいと思います。
成果型の賃金ってどんな賃金? 職能主義・成果主義のメリット・デメリット 生活はこう変わる/A社の年俸制 成果型賃金導入のポイント
成果型の賃金ってどんな賃金?
現在の日本企業の賃金は、職能資格制度にもとづく「職能型賃金」が大半であると思います。これは、企業が必要とする能力をそれぞれの職能資格ごとに明示し、その職務遂行能力が身に着いた度合いによって昇格や賃金を決定していくシステムです。この制度の特徴は、「人間の能力の成長」を基準にしたシステムだということです。
これに対して、成果主義にもとづく賃金とは、「仕事」を基準とした賃金だと言えるでしょう。仕事の難易度と達成度合いによって、賃金が決定するシステムになっています。自分が行った仕事と賃金が直接結びついている賃金体系で、仕事のアウトプットで賃金を決定する仕組みになっています。ですから、能力が高まることを前提として毎年上がっていく「定昇」がなく、賃金が下がることもありえる賃金体系です。
一口に「成果」といっても、一日で出る成果もあれば、3〜5年かけないと出ない成果もあります。通常、賃金において成果を判定する期間は一年単位であり、この一年間の成果に対して支払われる総額の賃金を決める賃金制度を「年俸制」と言い、成果主義賃金の典型的な賃金形態となっています。
職能主義・職能型賃金、成果主義・成果型賃金
メリット、デメリット
それでは、職能主義・職能型賃金と成果主義・成果型賃金のメリット、デメリットについて考えてみましょう。表−1を見て下さい。
職能主義・職能型賃金は、先ほど述べたように「人間」つまり社員の成長に視点を置いた考え方で、人間を基準としていますので、人材の育成、異動や配転など組識の柔軟性、雇用・生活の安定性といった点でメリットを持っています。しかしながら、人件費コストの点からいうと、定昇があり、賃金を下げるというベクトルのない点について硬直的というデメリットがあります。
一方、成果主義・成果型賃金は、仕事と賃金が直接結びついていますから、チャレンジ精神によるインセンテイブがはかれ、実力主義の強化がなされるとともに、幹部層社員においては経営意識の高揚がはかれます。また、賃金の硬直性の解消によって、中高年社員の人材の活用が可能になるといったメリットがあります。その反面、目先の仕事に追われ、長期的な視野に立った仕事ができず、自分の仕事に没頭することにより、部下の育成の軽視、組識の連帯性の希薄化といったデメリットが生じる可能性があります。
表−1 職能主義・職能型賃金と成果主義・成果型賃金のメリット・デメリット
職能主義・職能型賃金 成果主義・成果型賃金 メリット デメリット メリット デメリット 社内の人材の育成が容易 生活・雇用の安定性に優れている
社内間の異動・配置等が容易
人件費コスト的には硬直的である 能力と成果のミスマッチに対応できない
経営意識の高揚がはかれる 実力主義の強化がはかれる
中高年の人材の活用が可能になる
チャレンジ精神によるインセンテイブがはかれる
目先の業績のみを追うきらいとなる 部下の育成が軽視される → 連帯感の喪失
人件費抑制のための手段となり易い
また、成果型の賃金が有しているもっとも大きな問題は、賃金抑制の手段のために成果型の賃金が導入されやすいという点だと思います。会社が、今後どういう人事政策と賃金政策を考え、それが社員の能力とやる気をいかに引き出し、また、納得性のあるものにするかが、新賃金体系導入の重要なポイントだと思います。
成果型賃金になると
わたしたちの生活はこう変わる
成果型賃金になると、わたしたちの生活がどう変わっていくのかを知るために、もう少し成果型賃金の中身をみてみましょう。
成果型賃金とは、これだといった定型的なものはありません。導入している企業によってその内容が異なるからです。ここでは、典型的な成果型賃金である年俸制を、1992年から導入しているA社を例にとって考えてみましょう。A社の年俸制の概要
@対象者としては、管理職以上の4等級(課長代理)以上に採用されています。
(当初は部長職を対象としていましたが、95年に4等級の課長代理まで拡大しました)A年俸は基礎年俸と加算年俸から構成されています。基礎年俸は、資格等級により一律に決定されています。
(図―1参照)
また、加算年俸は、事業計画のハードルの高さ(仕事の難易度)を縦軸に、年度末実績評価を横軸にしたマトリックス表によって決定されます。(表―2参照)B手当としては、通勤手当、住宅手当、別居手当、共済手当のみです。他の手当は、基礎年俸に含まれています。
表−2 A社加算年俸
(単位:万円)実績評価 A B1 B B2 C 事業計画の
ハードルの高さ5 600 525 450 375 300 4 525 450 375 300 225 3 450 375 300 225 150 2 375 300 225 150 75 1 300 225 150 75 0
このA社の例をみると、同じ等級といっても、加算年俸における事業計画のハードルの高さと実績評価によって、大きく年収に差がでることがわかると思います。(図-1,表-2参照)
成果があがったか否かによって、大きく年収が上下します。成果があがっているうちはいいのですが、成果が上がらなくなったとたんに年収が下がりますから、ローンを利用した大きな買い物、例えば、住宅等は十分気をつけて購入しなればならなくなるでしょう。
また、基本的には年間の目標に対する成果ですから、残業代はつかなくなりますので、みずからの時間管理が必要になってきます。なお、この例のように、年俸制の手当においては、家族手当、管理職手当といった手当を、固定的な基礎年俸に含めて考えている企業が多いため、導入にあたっては、基礎年俸の額について、従来の体系と比較して金額的に不利にならないように配慮することが重要となります。
また、図-2でもわかるとおり、年俸制になると達成度の評価のための会議が年間を通じて行われます。これはA社だけでなく、年俸制を導入している企業においては、同様の傾向にあるようです。それだけ評価することが被評価者の納得性を含めて難しいということだと思います。
果型の賃金になると、自分の賃金は必ず上がると考えている人がいますが、あくまでも成果の度合いによって賃金が決まるわけですから、成果型の賃金を導入するにあたっては、賃金が下がることもあるということを、もう一度冷静に考えなければならないと思います。
成果型賃金導入上のポイント
21世紀のわたしたちを取り巻く社会、経済構造の特徴は、
@ 経済が成熟期を迎え、低成長が続くこと
A 国際化がより一層進むこと
B 高齢化が進むこと
以上三点であり、この三点において、近い将来には職能型の賃金が維持できなくなり、部分的には成果型の賃金を導入していかざるをえないことも、残念ながら事実のようです。その際に留意すべき点について以下に記したいと思います。
1.成果型の賃金をなぜ導入するのかをはっきりさせる。単に賃金を下げる目的であってはならない。
2.成果主義の賃金を導入する対象者は、業務に責任を持たされ、権限があり、裁量度が高い上級管理職及び
専門職とし、ある程度収入が下がっても、生活に支障のない賃金レベルの人に限定する。
3.評価基準や賃金決定基準を明確に定める。
4.評価については、評価者訓練等を十分に行うとともに、本人が納得いかない場合、苦情を届け出ら
れる機関を設置する。
5.目標設定においては、評価者、被評価者が協議の上、お互いに納得できる年間目標とする。
6.最低保障の賃金を明確にしておく。(賞与も含めて)
以上の留意点があげられます。
今、欧米では、この成果型の賃金の徹底によって、1割の富める人と9割の貧しい人がはっきり別れているといいます。本当にそういう社会が私たちにとって幸せなのかどうか考えてみましょう。そして、もし成果型の賃金を導入するのであれば、何よりも大切なのは、成果型賃金のあり方について労使で十分検討することだと思います。将来の自分たちの賃金を決めるために…。■
この記事は、98年12月号のCompassに掲載されたものです。
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