提  言

公共事業と建設産業の
信頼を回復するために



2001年5月 日建協

1.行政・発注機関に向けて
2.建設産業の企業経営者に向けて



                     
                     はじめに

バブル経済崩壊を境に、日本を取り巻く社会環境や経済構造が大きく変わり、国民の意識も着実に変化してきています。にもかかわらず、公共事業政策はなかなか変わることができず、その結果、公共事業に対する社会の批判が強まっています。時代の変化を表わすキーワードは「高度成長から安定成長へ」「開発重視から地球環境重視へ」「グローバリゼーション」「規制緩和」「少子高齢化」「IT化」などが挙げられます。こうした社会の大きな変化に直面しながらも、公共事業政策は新しい時代に対応した見直しが完全にはなされませんでした。
さらに、公共事業への批判に関連する形で、建設産業に対する批判も強まっています。特にバブル経済崩壊後の景気対策として公共事業が大幅に積み増しされたこと、工事受注に不透明なところがあることなどがその要因として挙げられます。また、こうした批判に対して、建設産業界は今日まで明確な回答・対応をしてきませんでした。そうした姿勢が、産業に対する一層の不信感につながっていることは間違いありません。

私たち日本建設産業職員労働組合協議会(日建協)では、自らの問題としてこのテーマについて議論を重ねてきました。組合員の中には、これまでの公共事業と建設産業のあり方に疑問を感じている者も決して少なくありません。労働者には自分の仕事とその成果を認知してもらいたいという欲求があります。仕事を通して社会に貢献しているのだという満足感、充実感を得たいと欲するのは当然のことです。しかし、国民が疑問を抱くようなシステムの下で生み出された物に対して、社会が価値を認めてくれることはありえません。労働者がどれだけ真面目に働いたとしても評価されることがなかったとすれば、仕事に対する誇りもやりがいも見出すことはできないでしょう。そこに私たちの歯がゆさとやるせなさがあります。私たち建設産業に働く労働者の成果が社会に認知され、評価されるためにも、社会の不信感の元となっているシステムは変える必要があると考えます。

一方、国民が安心して安全に暮らせる社会づくりのための公共事業は、依然として必要であり、既存ストックの維持管理もますます求められてきています。また、地球環境問題が世界的にクローズ・アップされる中、日本も保護、復元などに向けた取り組みを開始しなければならないでしょう。後世代の幸せのために私たちはどのような社会を残す責任があるのかを真剣に考える必要があります。

そこで日建協は「公共事業と建設産業の信頼回復を図り、私たちの建設産業が今まで以上に社会に貢献したい」との思いを込めて、建設産業に働く労働者という立場で提言をまとめました。これからの公共事業を考える時、国民の視点で考える必要があります。したがって、提言の中には、この業界で働く者にはたいへん厳しい内容も含んでいるかもしれません。しかし、この提言をひとつひとつ実現していくことが私たちの建設産業の将来に向けて必要不可欠であると考えます。



行政・発注機関に向けて

公共事業決定までの過程を透明にすべきである


日本の社会資本は戦後本格的に整備され始めたといってもよく、各種の社会資本整備を通して、豊かな国民生活や効率的で国際競争力のある経済活動の実現に大きく貢献してきました。
しかしながらこのところ、各地で公共事業をめぐって地域住民や市民団体と対立が起きています。本来、国民や地域住民のために行われるはずの公共事業なのに、なぜこのようなことが起きるのでしょうか。
それは、事業計画が国民や地域住民に十分に伝えられず、事業内容が理解されないままに進められていることに大きな要因があると考えられます。したがって、公共事業決定までの過程を透明にし、国民の意向を的確に反映させることが必要です。
以下、そのための提言を行います。



国および地域レベルの社会整備資本において、開かれた将来ビジョンを作成すべきである。

国や地方自治体は、羅針盤となる長期の方向性が無ければ、場当たり的で無秩序な事業を計画、実施することになるため、将来を見据えたビジョンが必要です。そして、このビジョンにもとづいて中期計画が策定されるべきです。
これまでも全国総合開発計画(全総)や各種5ヵ年計画が策定されてはいましたが、実態としては国民に深く理解され進められてきたものではなく、また、中長期的な財政計画との整合性にも欠けていました。
したがって、国民に広く理解され、また支持されるビジョンを策定するには、国民に参加の機会を保証し、意向を的確に反映させるためのしくみを整備することが必要です。
また、制度が整備されても、国民一人ひとりがそれを活用する意識を持たなければ、何の意味もありません。将来ビジョンや中期計画などの策定に関して、これを行政や政治家任せにするのではなく、国民一人ひとりが問題意識を持ち、主体的に参加していくことが重要です。
事業の財源についても、公債発行などの借入に安易に頼るのではなく、将来財政の見通しの中で収支の整合性をしっかりと考える必要があります。



事業計画策定の根拠となる諸データや審議状況などの情報の開示・公開を徹底すべきである。

国民が事業計画に参加し合理的な判断をするためには、十分な情報が提供される必要があります。行政および発注者の情報開示・公開の義務を明確にするとともに、意図的な情報操作に対しては、これを厳しく罰することのできる法整備も必要でしょう。
国民に情報を効率的に提供するためにも、インターネットなどのIT技術を積極的に活用すべきです。



公正な事業評価のしくみを早期に確立すべきである。

事業が国民にとって有益かどうかを判断するには、その事業に伴う費用と便益とを的確に把握し比較する必要があります。
しかし、建設コストのように目に見えやすい投資費用に比べると、事業がもたらす効果や損失は経済的に評価することが困難であるのが実情です。例えば、安全性や利便性の向上によって得られる社会的利益や、自然環境の破壊による社会的損失などは、客観的な金額として算出することが難しい状況にあります。
したがって、公正な評価を実現し正しい判断を可能とするためにも、事業評価のための手法を早急に確立する必要があります。
事業主体が自ら行う評価だけではなく、例えば米国のGAO (General Accounting Office) のような第3者機関を設置するなど、評価の公正さが担保される制度整備も必要です。
また、事業評価は初期段階にのみ行うのではなく、事業の成果を検証するために事業の完了後や、特に長期に渡るプロジェクトでは、その間の環境変化にも対応できるように、事業の途中においても行う必要があります。



社会資本の整備主体として、国と地方、公共と民間の役割を見直すべきである。

現在の公共事業は約7割が地方自治体によって実施されていますが、その財源は国からの補助金が中心であり、こうした構造は受益と負担の関係を分かり難くしている大きな要因となっています。
財源も含めて地方分権を進め、地域に密着した事業は地方自治体が事業主体となれるようにすべきです。
また、公共が事業主体となって創出しなくても、借り上げや買い上げなどで対処できるものについては、リスク負担のあり方に十分注意しながら、民間の力を利用する方策を考えるべきです。


公共事業の調達・発注ルールを透明にすべきである


公共事業の財源は国民の納める税金であり、したがって国民のために正しく使われなければなりません。
ところが公共工事の受注をめぐり、政治家、発注者、建設産業界の不透明な関係が指摘されたり、公正な競争を脅かす不法行為が発生しています。はたして公共調達・発注のルールは、国民の視点からみて公正で透明なシステムとなっているのでしょうか。
公共事業の調達・発注ルールを公正で透明なものとし、税金が国民にとって適正に使用されたかどうかを的確にチェックできるシステムを整える必要があります。
そうすることにより、天下りの問題も含めて、不透明な関係を維持することのメリットは見出せなくなるはずです。それだけに、公共調達・発注システムの改革は中途半端に終わらせることなく、徹底して実施される必要があるでしょう。
以下、そのための提言を行います。



一般競争入札方式を原則とするとともに、保証制度(入札保証、履行保証、支払保証など)の充実をはかるべきである。

現状の入札においては下記のような制限が存在し、公正な市場競争を阻害する要因となっています。

・ 入札参加者を発注者が決める指名競争入札方式
・ ランク制による一律の参加制限
・ 地域要件の設定(当該地域に本社または支社などが無ければ参加できない、
 あるいはJVの中に地元業者を入れることを義務付けるなど)
・ 官公需法を根拠にした、地元・中小業者に対する過度の優遇

このような制限はすべて撤廃し、誰でも参加可能な一般競争入札方式の採用を原則とすべきです。ただし技術力を伴わない業者が安易に入札に参加することを防止するために、保証制度(入札保証、履行保証、支払保証など)の充実が前提となります。
発注者の恣意が働きやすく、また談合の温床とも指摘されている指名競争入札は、原則として採用を認めるべきではありません。
競争相手が事前に特定できない一般競争入札であれば、談合成立の可能性は極めて低くなります。また参加者に保証の提出義務を負わせることにより、当該業者に対する保証会社の審査が行われるので、事実上、不良・不適格業者はこの段階で排除されます。
技術的難度の高い事業の場合などは、発注者が独自に施工実績、技術力評価などの審査を行う必要も出てくるでしょうが、それには、必要に応じて発注者をサポートする技術者(コンサルタント、エンジニアなど)を別途調達できるような制度を整備することも必要であると考えます。



国民の利益向上をはかるために、民間企業の技術・提案を活用できる入札方式を広く取り入れるべきである。

国民の利益の観点からは、より付加価値の高い案を採用するのが当然であり、代案入札方式や設計・施工一括発注方式を積極的に取り入れるべきと考えます。
代案入札方式とは、発注者が想定した標準設計案に対する金額と、入札参加者が提案する代替案およびその場合の金額を入札させるもので、VE (Value Engineering) の一種と言えるかもしれませんが、海外の国際入札等ではよく採用されている方式です。
現在VE制度を採用している発注者もありますが、提案できる事項に制約が多く、十分な効果が発揮できているとは言えません。提案できる範囲に自由度があれば、企業側としても自身が保有する技術とノウハウを最大限活用した形で応札することが可能となります。
また、日本の入札・契約制度では設計と施工が分離されており、施工段階の入札で仕様や設計の変更につながるようなことを提案しても受け入れられません。しかし、設計・施工一括発注方式のように、施工業者が保有する技術やノウハウを設計の初期段階から活用することができれば、より少ない費用で要求された品質や性能を確保することも可能となります。



事業の流れが国民に理解しやすい形とした上で、調達・発注に関する情報開示を徹底すべきである。

2001年2月施行の「公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律」および「同施行令」により、公共発注者に対して入札・契約に関する情報の公表が義務付けられました。これにより情報開示は従来に比べて大きく前進したといえます。しかしながら、「予定価格と積算内訳」や「低入札価格調査の基準価格と最低制限価格」等の開示については適正化指針(ガイドライン)において努力義務と位置付けられており、まだ十分とはいえません。今後はこの法令の厳格な運用はもちろんのこと、指針内容についても法的義務付けが望まれます。
また、これら入札・契約に関する情報は単独で開示するのではなく、事業計画の情報とリンクさせるなど、ひとつの事業の流れとして国民が理解しやすい形で開示する必要があります。そうすれば、発注者が恣意的に工区を小割りするなどという状況についても国民がチェックしやすくなり、透明性がより一層高まることが期待されます。
こうした方法は、官報のような紙メディアを使用した公報手段では難しいかもしれませんが、ITを活用することで十分可能となるでしょう。



契約図書の内容を詳細に明示するとともに、当事者の責任範囲を明確にし、契約に則った業務を行うべきである。

仕様書や設計図面なども含めて、契約図書は詳細に明示されている必要があります。特に発注者と受注者の責任範囲を明確にするため、契約書に双方の義務および責任範囲を詳細に明示すべきです。
現状は、契約内容と業務実態の間に開きがあります。例えば、地域住民への事業説明は発注者の責任において為されるべきですが、実際は、契約書に明示されていないにもかかわらず工事の施工者が代行しているケースが多くあります。また用地取得の難航などで工期が延びた場合の責任は発注者にありますが、それに伴って発生した予定外の経費については、どちらが負担するかなど、取り扱いがあいまいなこともあり、契約関係も対等であるとは言えないのが実態です。
受注する立場の建設業者は、従来、サービスと称して様々な契約外業務を引き受けてきました。今後は、契約図書に明示されていない業務の依頼については別途契約を結ぶように強く要請するなど、契約に対する意識そのものを変える必要があります。自ら働きかけなければ片務的な関係は今後も変わらないと認識すべきです。



不法・不正行為に対する抑止力を一層強めるために、独禁法、建設業法等の関連法令の強化を行うべきである。

公共事業に関わる談合や贈収賄等の不法行為が絶えません。以前から発注者、政治家、建設産業界の不透明な関係が指摘されており、そしてこれがなかなか改善されないところに、公共事業とこれら三者に対する社会の根強い不信感があります。
不法・不正行為は、これまで以上に厳しく取り締まる必要があります。特に独禁法は、規制改革委員会も提案しているように、官製談合にも厳しく対応できるようにする必要があります。
不法行為を犯した企業に対する現状の罰則基準も、抑止機能としては十分でないとの指摘があります。独禁法、刑法、建設業法などの関連法において、その後の企業経営に重大なリスクを負わせるような法整備を図るとともに、このような企業のリストを作成し、インターネット上などで公開すべきです。



建設産業の企業経営者に向けて

産業構造を透明にすべきである


建設産業は古くから日本の社会資本整備を担ってきた重要な基幹産業です。今後においてもその役割と重要性が変わることはないでしょう。
しかし近年、特に公共事業との関連において不透明性が指摘されるようになり、それが原因で社会の信頼を失いつつあります。
これまで建設産業は、外からの批判に対して沈黙してきたために、一層不信感を増大させてしまいました。今後は、社会から信頼される産業となるために、自ら体質を改善し、技術と知識をもって社会に貢献するという使命を再認識しなければなりません。
以下、そのための提言を行います。



法令をはじめとする社会ルールの尊守を徹底すべきである。

贈賄、談合などの不法行為は産業界から徹底的に排除しなければなりません。
各企業においては、全従業員に対して独禁法などに対する理解と意識を高めるための教育を徹底して実施すべきです。産業界としても、不法行為を行った企業に対して厳しい対応をとるべきです。
ダンピング(不当安値)受注は、独禁法で禁止されているだけでなく、産業を疲弊させるとともに、品質の低下、安全及び労働条件の劣悪化にもつながるものであり、到底許されるものではありません。



政治家や発注者と過度の関わりを持つなど、国民に不信感を与えるような行為は改めるべきである。

市場における公正な競争を通して企業の発展をめざすのが基本であり、原則です。
公共事業に深く関わっている産業であるだけに、疑惑を招くことがないよう、自ら襟を正すことが必要です。



産業みずから積極的に発言していくことにより、社会に対して説明責任を果たしていくべきである。

これまで建設産業は社会に対して積極的に発言してきませんでした。産業に対する数々の批判に対しても、また、最近の鉄道施設におけるコンクリート剥落事故のような、産業の技術的信用を大きく左右する事件に対しても無言のままでした。しかし、何も言わないということはそれを追認していることに等しく、さらには責任感が欠如した産業との印象を社会に与えます。
したがって、社会の信頼を得、社会に貢献する産業であるためには、自らの主張をしっかりと持ち、かつタイムリーにそれを発信して行かなければなりません。



これからの時代に社会が要求する社会資本整備に対して、技術と知識を持って貢献していくべきである。

日本の今後の社会資本整備を考えるときに、既に以下のような社会の変化が明らかになっています。
・ 財政状況の悪化(限られた財源)
・ 少子高齢社会への急激な移行
・ 開発重視から、自然環境との共存へ
・ 新規投資重視から、既存ストックの維持・更新投資へ

これらの変化への対応を含め、社会の要求を満足させるために、自らの技術と知識をもって社会に貢献することこそ、社会資本整備を担う建設産業の重要な使命と認識しなければなりません。



労働組合は経営に対するチェック機能を果たしていく。

労働者を守り、また仕事に対する誇りとやりがいを労働者の手に取り戻し、社会から信頼される建設産業とするために、労働組合はこの提言内容の推進を図るとともに、経営に対するチェック機能を十分に働かせ、企業ならびに産業が社会的責務を果たすことを求めていきます。



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