人にやさしい住まいと街
 ノーマライゼーションの理念とバリアフリーの考え方

わが国は急速に高齢化しており、西暦2020年には4人に1人が歳以上という世界一の長寿国になるのだそうです。
このことは、まさしく現在問われている介護、医療、年金などの諸問題が、私たち現役で働く組合員にとって、真に身近で切実な問題であるといえます。
今回の特集はそのような未来に向けて、私たちの「住まい」と「街」についてどうあるべきかを考えてみたいと思います。
ノーマライゼーションということ やさしく豊かな福祉のまちづくり
障害者に使いよいものは健常者にもよい 危険防止は二重三重に
さまざまな人が住む家 自立ができる、人にやさしいまちづくり
将来にそなえた住宅を作るには 今後の取り組み
バリアフリー型の人にやさしい住宅計画   ・・・・・人がともに生きる環境づくり

ノーマライゼーションということ
一般にはまだまだなじみが薄いのですが、福祉用語で「ノーマライゼーション」という言葉があります。その意味は、「健康な人も障害のある人も、若者も高齢者も皆がともに生きること」、言い換えれば「誰もが人間として尊厳をもって生きることができる社会こそ正常(ノーマル)な社会であるという共通の認識を持つこと」です。これからの長寿社会を生き抜くには、高齢者や障害者にとってほんとうに重要なのは、社会の中でのできうる限りの自立です。そのためには、自立するための生活の器である「住まい」と、それを支える「街(住環境)」が、人間の尊厳を全うできるノーマルな社会となることが求められているのです。

「ノーマライゼーション」の普及経緯
提唱したのはバンク・ミッケルセン。第二次大戦中にナチズムに反抗し、収容所おくりとなった彼は、そこで人間を人間として扱わない狂気の世界をみました。戦後、釈放された後にも、精薄者のような無防備な人たちが非人間的な施設に収容されている姿を見て、かつての自分と二重写しになり、社会的弱者が人間として生きる権利を守れる運動に生涯を捧げました。
この思想は、1970年代の北欧の福祉政策を大きく変えるとともにアメリカにも影響を与え、1971年、国連の「精紳薄弱者の権利宣言」となりました。その後、1980年代にカナダのW.ヴォルフェンスベルガーの研究に基づく理論と実践の書『ノーマライゼーション ―― 福祉サービスの本質』によって関係者にとって身近なものとなりました。

障害者に使いよいものは、健常者にもよい
玄関までのエントランス。約30センチの段差を、勾配5%以下を目標に10メートルのスロープでカバー。滑りにくい鉄平石を貼り、クヌギで縁取ってある。

玄関。上がりかまちを15センチ以内にすると安心。靴の着脱はベンチに座ると楽だ。ベンチの脇に手すりを忘れずに。車椅子を使うことになっても段差解消機のためのスペースがあれば安心。
「障害者に使いよいものは、健常者にもよい」という言葉があります。それは、一般的に住宅や公共の施設についていえば、床の段差をなくしたり、階段に手すりを取り付けるなど、日常生活動作を制約するさまざまな建築上の障害を取り除くこと、いわゆるバリア(障壁)からフリー(自由)になることを考えれば当然のことです。バリアフリー化することにより、家庭内や地域において転倒など不慮の事故などを防止するとともに、万が一、身体機能が大きく低下して介助が必要となった場合でも対応が容易になり、高齢期においても他人の助けをあてにしないで、自立した生活を続けることができるようになります。

さまざまな人が住む家
私たちは何気なく「家」に住んでいますが、家というものは本来、一生住めるようようにするべきです。家の中には、赤ん坊もお年寄りもいるでしょうし、たとえいなくても、ときには訪問してきたり滞在していったりします。家の歴史にはスキーで足を骨折したり、職業病で腰痛に悩む若い女性や、ぎっくり腰の実年も生活する時期があります。また「家」には交通事故で突然車いす生活になる人、脳卒中で急に片手片足が不自由になり、そのまま退院してくる人など、さまざまな人が住むことになります。長寿社会になると、身体機能の低下により室内の段差につまずきやすくなったり、階段の上り下りや床からの立ち上がりの動作にも支障が生じるようになります。

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将来にそなえた住宅をつくるには
廊下。床は滑りにくく巾にゆとりを持たせる。手すりは袖が引っかからないように、端が丸く曲がったものを。照明のスイッチは明りつきの大型のものを。 洗面カウンター。車椅子でも使えるよう、下部を開放している。推薦も取り外しでき、シャンプーにも使える。
ところで、必要があって急にこのようなバリアフリー化の改造や改築をすることになった場合、新築と比べて多くの費用がかかる場合が多いのです。なぜなら床の段差をなくし、手すりをつけるなどの工事は建物の構造体に関係するため大掛かりな工事になりやすく、当初の建物の条件によってはできる個所や方法が制限されるからです。したがって、これから新築したり建て替えたりする際には、将来の支出を軽減し、そのうえ安心して自立的に住み続けられるように、あらかじめ下地の補強や広さの確保など、事前に対応しておくことが望ましいわけです。将来にそなえた住宅をつくるためには、計画の段階から間取りや構造などの基本的な事項について十分に検討することが重要であり、将来かかる費用を考えれば決して高いものではありません。
以下では計画を行う際の間取り、構造躯体、設備機器についての基本的な考え方を整理してみました。

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バリアフリー型の人にやさしい住宅の計画
@各室の広さについて
自立キッチン。主婦の家庭復帰のため、シンクの下部をあけて車椅子でも使用できるようになっている。シンクは浅めのものを。引出しの取っ手は手すり代わりになる。扉をはずした収納棚は使いやすく自立を助ける。
居間に十分な広さがあれば、障害者や高齢者が自室に閉じこもることなく家族でくつろぐことができます。病気やケガの時に看病してもらうためにも寝室は広めにすると状況の変化にもスムーズに対応できます。高齢期になると、立ち上がりやしゃがみ込みなどに支障が生じるようになってきます。トイレ、浴室、玄関などの広さにゆとりがあれば、設備機器を身体機能の低下に対応したものに交換したり、手すりの新たな取り付けも容易に行うことができます。

A各室の位置関係について
浴室。脇のベンチ伝いに浴槽に入れる。手すりは連続している。浴槽は大きすぎるとからだが不安定になり事故のもと。足先が反対側に届き、背もたれの角度も小さめのものが安全。脱衣室と浴槽の境は段差をなくした引き戸にすると便利。
居間と寝室がスムーズに移動できる位置関係にあれば、家族や高齢者、身障者自身の生活にあわせて自由に使い分けることができます。トイレや浴室は身体機能が低下すればするほど身近に必要となる空間です。寝室とトイレ、浴室の位置関係を十分に配慮してあれば、本人はもとより、家族による介護等の軽減にもつながります。

B移動空間について
高齢者が自由に外出したり、住宅内を自由に自立して行動するためには玄関、廊下、ホール等の移動空間が重要になります。また、緊急時の非難についても配慮しておくべきでしょう。ホールや居間から各室に直接アクセス(出入り)する方法などは、動線の合理化と同時に狭い空間を有効活用するひとつの方法です。

トイレは行きたいと思ったらすぐに行けるよう配慮したい。寝室とトイレが隣接していれば安心。広く段差のない開口部、手すりの設置や介助のためのスペースが必要。また、車椅子や歩行器にとって開き戸は大変便利。
左:指全体がかけられる大型の引き手。
右:DKから居間。居間にゆったりしたソファを置き、DKに段差なく続けば、子供から高齢者まで家族全員がより多くの時間をともに楽しめる。
C構造躯体について
構造壁あるいは構造を支える柱などの移動は非常に困難ですので、これらによって囲まれる部屋や廊下などの寸法については、あらかじめ十分に確保しておくことが必要です。手すりや重量のある機具を壁に設置する場合、その重さを受けることのできる下地が必要です。将来取り付ける可能性のある箇所には、この下地の補強をしておくと大規模改造をせずに改善できます。
居室と廊下の間、和室と洋室の間、脱衣室と浴室の間などの床の段差(バリア)障害を後で解消することは大変困難となります。あらかじめ段差を設けない構造とすることが重要です。

D設備機器について
各室の広さや構造躯体等に十分な備えがあれば、身体機能低下に伴う設備機器の交換や新たな設置を比較的容易に行うことができます。予測される箇所にコンセントを用意しておくことや、操作のしやすい機器を選ぶのがポイントです。

以上住宅を計画するときに基本的な考え方として理解しておくべきことを述べましたが、これらの考え方を基にして具体的な対策を立てるのです。

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やさしく豊かな福祉のまちづくり
横浜市泉区、阿久和側の「集いのまほろば」。水辺へのスロープや手すり、親水デッキの縁の車止め、障害者対応トイレなどが設置されている。
近年になって福祉のまちづくりが強調されるのは、これまでともすると効率優先の考え方が支配し、これに適応しにくい高齢者や障害者などが生活しにくくなっていたからなのです。一歩、まちにでてみれば、中心市街地は大分整備されてきたとはいえ、障害者や高齢者が利用しにくい、歩道や段差や交差点がまだまだあります。住宅の内部だけにとどまってしまえば、障害者や高齢者にとってそこから一歩外にでることが、いかに困難であるでしょうか。健常者にとってはなんでもない数センチの段差や階段、路上の障害物などは、足腰や目や耳が不自由になった人たちにとっては障壁(バリア)だらけで、移動が危険かつ困難なものになっているのです。

ところで、高齢者や障害者と一口にいってもその不自由な部分はそれぞれに異なり、その中でも重度の障害者に対応するまちづくりは困難ではないかという疑問があるかもしれません。しかし、決して高度で複雑な技術が必要なわけではありません。前半の住宅のところでもふれましたが、段差をなくすために「スロープ」をつくったり、転ばないように「手すり」をつけるなど、わずかな工夫や「やさしさ」を付け加えればよいといったものが多いのです。高齢者や障害者が安全で健康に生活できるかどうかは、危険に満ち溢れたジャングル(障壁だらけの生活環境)をバリアフリー化した、人にやさしい福祉のまちづくりができるかどうかにかかっているのです。

福島西道路の地下横断歩道の出入口。当初は左のように足元も悪かった。この反省から表示文字の位置を下げ、歩道は凸凹なしの透水性舗装に、視覚障害者誘導用ブロックの色や巾を改善したものが右。
危険防止は二重三重に
通常、危険予知は視覚・聴覚・触覚などを通じてなされますが、障害者といってもすべての感覚がなくなっている人はいないので、正確な情報を迅速に、多種多様な方法で知らせる工夫が必要なのです。最近は、音で知らせる信号機、大きな文字や点字で知らせる標識、点字ブロックによる誘導案内、振動で知らせる警報機などが開発され、一部は導入されていますが、もっともっと普及させる必要があります。また、さらに多くの危険予知システムを開発することが望まれます。人間は誰でも不注意を犯します。つまり、不注意や間違い行動を犯しても安全となる対策を講じればよいということです。いずれにしても「危険防止は二重三重に」張り巡らすのがよいのです。

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自立ができる、人にやさしいまちづくり
神戸市「東部新都心(HAT神戸)」。公道から共同住宅のエレベーターの間に階段を作らないようにした。復興住宅設計指針に基づく住戸内部はドア幅が広く段差もない。
誰もがみんな要求することは、できるだけ自分の意志のままに自立した生活を送りたいということです。車いすで動きまわれるためには、家の中だけでなく、まちの要所要所に車いすで利用できる手すりのついた広めのトイレが欲しいのです。そうしないとどこへも行けません。

車いすを使用すると行動範囲が格段に拡大しますので、散歩もできるし買い物や遊びにもいけます。とくに、バスや電車などの公共交通機関が簡単に利用できるようになると、さらに広がります。最近、歩道橋、公共建築物やショッピングセンター等の大規模建築物では、車いすでつかえるエレベーターやスロープが設置されるようになってきました。こういった車いす使用者や杖使用者の人たちが使いやすい公共交通機関や建築物、まち(都市)などは、これらの人たちだけでなく、子どもたちや乳母車を押すご婦人や妊産婦はもとより、健常者にとっても利用しやすくなっていることがわかります。

今後の取り組み
……人がともに生きる環境づくり
東京都北区、福祉の荒川づくり。右手前は車椅子や乳母車が通過できるU字型の車止め。左手奥は福祉バス用の駐車場。車やバスの通行のない部分は、目に付きやすいカラー舗装で区別している。
本格的な長寿社会の到来をひかえ、私たちが継続的に取り組むべきことは、建築や都市の側面のみならず、人間関係を含めたすべての面において、点から線、線から面へと広がりを持たせた取り組みです。ノーマライゼーションという理念の実現のためにも、人がともに生きる環境づくりとして、必要なハード面の基盤整備とともに、お互いに幸せを享受できる人間相互のしくみづくりが求められているのです。

最後に、高齢者や身障者のことは、身近にいなければわたしたち健常者にとって他人事になりがちですが、だれもが年老いるのだと考えれば、身近な問題としてとらえることができると思います。しかし、これらの処方を使って、どんなにハード面から改造したとしても、地域社会に住む私たち自身がやさしさやいたわりのこころをもてなければ、形だけのものになってしまうでしょう。

それにつけても、駅前などで点字ブロックの上に平然と自転車が放置してあるのを見ることがありますが、諸施設の整備とともに、こころの再整備も必要な時期にさしかかっているのではないでしょうか。■


<参考資料>
海外に見るこれからの福祉住宅/菊地弘明(技報堂出版)
加齢対応型住宅ガイドブック/東京都
高齢者にやさしい住宅増改築実例集/光の家協会
福祉のまちづくりデザイン/田中直人(学芸出版社)
50歳から生きる家/安楽玲子(婦人生活社)
FRONT/リバーフロント整備センター
NEO−GREEN SPACE DESIGN/都市緑化技術開発機構(誠文堂新光社)


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