ストレスをめぐる環境
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増えている職場でのストレス
労働省の調査では、仕事や職業生活に強い不安、悩み、ストレスを感じる労働者の割合が、62.8%(1997年)にも達しており、しかも、増えています。(1992年57.3%)
別の調査では、雇用調整などで従業員の数が減ると、上司・同僚との関係が悪くなりやすく、また、企業への帰属意識の減少・無気力・仕事の手抜きなど、精神の安定を欠いてくるというような調査報告もあります。逆に、財務面でのリストラが進むと、従業員のイライラや自信無げな様子などが減ってくるそうです。
企業のリストラクチャリングは、人員の削減よりも財務内容の改善に重きを置き、むしろ雇用を安定させ、社員の精神的な健康の増進(メンタルヘルス)に努めることが、経営の安定につながっていくはずです。
「心の病」が労災として認められる
以前は、仕事がきっかけで「心の病」にかかっても、多くは原因不明として労災の対象にならず、またその認定作業に数ヶ月もかかっていました。でも今ではすべての「心の病」が労災認定の判定対象となり、また、各労働基準局の窓口での判断が可能となったため、認定作業も迅速になってくると期待されています。
労働安全衛生法で企業は労働者の健康に配慮する義務が定められていますが、これからは、精神的な面への配慮がますます重要になるはずです。
では、少し細かく心のことを見ていってみましょう。
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複合ストレスの時代
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気づいてますか?
ちょっとしたきっかけで心が病気になることはだれの身にも起こりうることです。でも大部分の人は症状が現れても、心の病気から来ているとは思いません。最近は軽い心の病気が増えていますが、症状が重くないのでなおさらです。
たとえば軽いうつ病にかかっているのに「気力がわかないのは精神力が足りないから」とか「情けないから」と自分を責め、一人で悩んでいるうちに症状を一層重くしてしまいます。
また疲れやすくなるとか、体中がしびれるというような、身体的な症状が現れて受診しますが、なにも悪いところが見つかりません。心の病気の中には、精神的な症状はあまり見られず、むしろ身体に現れてしまうケースはたくさんあります。検査で診断がつかないのですから、一層不安が募ります。そんなときこそ、早く精神科を受診したほうがいいのです。
私たちの心と身体は密接に関係しています。心が不安になるとからだに変調が現れますし、身体が不安になると心も不安になります。心のケアは、心の声に耳を傾けることから始まります。
複合ストレスでグチャグチャ
いったいなぜ、心の病が増えているのでしょうか。
現代社会はあらゆる面でスピード化、ハイテク化が進んでいます。そのことで人と人との関係がどんどん希薄になっています。人々はコミュニケーションがとれず、孤独感・孤立感をつのらせたまま暮らしています。
加えて深刻な不況という社会背景があります。就職難、リストラ、企業倒産など、あらゆる世代の人々が将来に不安を抱き、自分の存在価値や生き方に自信を失っています。自分の存在価値がゆらぐということは、人間にとって絶え難いほどの孤立感です。生きていくことに意味を見出せなくもなります。
社会環境がもたらす精神的ストレス、過労などの肉体的ストレス、職場や学校での対人関係のストレス・・・・・・。これらのストレスが複雑にからみあって現代人を心の病へと導いているような気がしませんか?
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Contents
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こうして心は疲れていく
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ストレス状態はこうしておこる
私たちは生きている限り、ストレスから完全に逃れることはありません。でも私たちの身体はストレスに対し、その場その場で適切に反応して体温や血圧、心拍数などを一定幅に保っています。これを維持するために、互いに作用しあっているのが自律神経系と内分泌系です。
自律神経系とは、大脳からの命令に関係なく独立して内臓などを動かしている神経系です。また、内分泌系とは消化液やホルモンなどの分泌物を調節している神経系です。
ストレスを感知するのは大脳の視床下部というところで、ストレスを感じると自律神経系と内分泌系にもそれが伝わります。すると血圧や心拍数が上がったり、消化液やホルモンの分泌がコントロールできなくなったりします。
また、ストレスは免疫系にも影響し、私たちの生体防御システムに障害をもたらします。
ストレスによって不安感や気分の落ちこみがおこるのはなぜでしょうか。ストレスを感知する視床下部は、人の感情行動に深い関係をもっています。視床下部の機能は神経伝達物質によって保たれていますが、強いストレスでこの機能が阻害されてしまうと、精神的な症状が現れるのです。 |
ストレス状態ってどんな症状なの?
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★心理面での変化
不機嫌になったり、苛立ったり、気力が低下してきたりします。時にはひどい不安状態に陥ったり、気分が落ちこむ抑うつ状態になります。
★身体面での変化
おもに自律神経系の機能に変化が見られます。身体のだるさを感じたり、疲れやすくなります。また、頭痛、動悸、めまい、胸の痛み、肩こりのほか、食欲不振、便通異常などの胃腸症状が現れます。
身体面の症状は個人差が大きく、このほかにもさまざまな症状があります。
★行動面での変化
ストレス状態が高まると、タバコやお酒の量が増えます。つい食べすぎたり、食べ物の好みも変化して、刺激物を好むようになります。高じると過食症になったり、アルコール依存症にまで達する症状が見られることもあります。
また中高生では、家庭内暴力や非行などの形でも現れます。
もちろん、その人その人によってストレス状態の現れ方はさまざまですし、ストレスをストレスと感じる人と、まったく感じない人がいます。
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性格は関係あるの?
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ストレスになりやすい性格
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慢性的なストレス状態になりやすいと思われるのは、一般にこんな傾向の人といわれます。
●几帳面で神経が細やか(神経質)
●物事にこだわりやすい
(とらわれが強い)
●自分を抑えて相手のことを考慮す
る
●臨機応変な対応が苦手で、
柔軟性に乏しい
●すべてを完全にやらないと
気がすまない(完璧主義)
でも、こんな人でも「ああストレスがたまってきたな」と自覚してペースダウンしたり、休息をとることを心がけていれば大事には至りません。注意したいのは、ストレス状態にあることを自覚できない人です。
たとえば、夜も寝ないで仕事を片付けてしまうようなタイプの人は、心や身体に変調の兆しが現れても、それを無視してがんばりつづけてしまいます。そうした無理が重なって、一気に心や身体に症状が噴出してしまうことが多いのです。
心や身体の変調の兆しは、私たちに「休んでよ!」とSOS信号を出しているのです。
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アレルギー性疾患との関係
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アトピー性皮膚炎はかつては子供がかかる病気とされ、小学校卒業の頃には自然に治ってしまうケースがほとんどでした。ところが近年、社会人になってもなかなか治らないという難治例が増えています。その大きな要因として心理的ストレスが注目されています。
なぜかというと、患者が職場の対人関係や仕事場の悩みを抱えている時などに、必ずといっていいほど症状の悪化が見られるからです。前述のように、強いストレスで身体の免疫機能が低下してアレルギー反応をおこしやすくなり、皮膚の炎症を悪化させてしまうのです。
こうした場合、たんに皮膚科的な治療だけを行うのではなく、心理的なアプローチで心の問題を取り除かなければ、抜本的な解決にはならないといえます。
このように、ストレスなどの心理的な問題が深く関係して身体の病気になったり、身体の病気の経過に影響を与えている場合を「心身症」といいます。大人のアトピー性皮膚炎のほとんどは、この心身症だと考えられています。
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シグナルを見逃すな!
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心の病は不安感がもとになりますが、だれでも普段、そうした不安を持つことはあります。注意しなければならないのは病的な不安に対してです。
通常の不安であれば、不安な状態になった原因を「受験前だから」「仕事がうまくいかないから」といったように自分でわかっています。けれど病的な不安の場合、なぜ不安なのか漠然としていて自分では説明できません。自分で不安になる理由がわからないのですから、人に説明できませんし、話してもわかってもらえません。こうした病的な不安は時間がたってもなかなか消えず、「また不安に襲われたらどうしよう」という新たな不安が加わって、我慢できないほどのつらい状態に発展します。
通常の不安と病的な不安といっても、明確に線引きできるものではありません。不安状態が長期化していたり、日常くり返して起こる場合は、ぜひ専門医に相談してみてください。
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もしもの時の相談は?
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一人で悩まずに
職場の様々な問題・悩みをみんなで解決していこうという活動が、労働運動の原点です。労働組合全体で各職場の状況に気を配り、個々人の悩みや困難を組合の問題として取り上げ解決していくことが重要です。みなさんも、仕事の悩みなどあれば一人で悩まずに、労働組合、あるいは各企業で契約している産業医や信頼できる外部機関に相談されてみてはいかがでしょうか。
とはいえ、精神かもあれば心療内科もある。その上ちょっと敷居も高いし・・・。受診の目安となることをお話しましょう。
「精神科」と「心療内科」の違い
「ひょっとして心の病かもしれない」と思っても、どこに相談すればいいかわからず、迷っている人も多いでしょう。1996年に心療内科が認められるようになりましたが、私たちにとっては精神科との違いがわかりにくいものです。両者の違いはなんなのでしょうか。
心療内科は、おもに心身症にかかった人を対象とします。心理的な要因がきっかけとなって、胃潰瘍や糖尿病などの身体の病気にかかってしまうことですね。身体の病気の治療を行うと同時に、心理的な問題にもケアできるよう、一般の内科とは別に誕生しました。
一方、精神科が扱うのは心の病のすべてです。神経症、そううつ病、精神分裂病、心身症など、あらゆる心の病気の診断と治療を行います。
心身症と思って心療内科を受診することもあると思いますが、うつ病には心身症とまぎらわしいケースもあり、心療内科で務過ごされるケースもあります。最初から心の病気が疑われる場合は、精神科を受診するほうがよいでしょう。
「神経科」と「神経内科」も精神科と区別のつきにくい科ですね。
神経内科はおもに大脳や脊髄、末梢神経などに関連する病気を扱います。脳出血や脳梗塞などの脳の血管障害や、脳の炎症などはここで診断・治療を行います。
神経科や神経精神科、精神神経科は、基本的に精神科と同じと考えて差し支えありません。
心の病にかかると、必ず身体にも変調が現れます。ですから最初はかかりつけのお医者さんに診てもらってもいいでしょう。診察や検査の結果、異常がないにもかかわらず、まだ身体の症状が続くようなら、心の病が疑われます。迷わず専門医を受診することが必要です。
働くすべての方が、心身そして社会的に健康でいられるようにと願っています。
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ここまでは、東京女子医大神経精神科教授・田中朱美氏の
小学館名医登場シリーズ「心の病気がよくわかる本」の第1章を参考にさせていただきました。
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