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川遊びのすすめ 
自然体験は道徳観・正義感の教科書

日本の歴史と社会資本整備の深い関係

 日建協では、昨年十二月に結成五十周年事業の一環として、元建設省(現国土交通省)河川局長の竹村公太郎氏を招き、「一〇〇年後の未来に備えて」というテーマで、記念講演を行いました。竹村氏は、講演のなかで、「安全・食糧・エネルギー・交流」を日本文明存続の四条件として、社会資本整備の必要性を示しました。改めて、私たちが携わる建設産業の重要性や責任の重さを痛感した一日でした。
 竹村氏はその後、著書「日本文明の謎を解く」(清流出版)において、日本はもとより世界の歴史と社会インフラ整備の関係を、様々な仮説をたて、興味深く謎を解いてくれました。みなさんは、エジプト人がなぜピラミッドを作ったか知っていますか? 実は文明の存続をかけた「公共事業(治水事業)」だったのです!

爬虫類の脳を鍛えよ!

 先日開催された、(社)日本河川協会の「河川文化を語る会」で竹村氏は、人間と自然との係わり合いについて、人間の脳の構造と、ある調査結果をもとに、一つの理論を唱えました。それは「よい子を育てるには、自然体験をさせ、爬虫類の脳を鍛えること!」でした。人間に爬虫類の脳? 昔のスリラー映画に出てきそうな話ですが、実は人間の脳は大きく三つに分けられるそうです。一番古くて底にあるのが古皮質、その周りを旧皮質、さらにその周りを新皮質が覆っています。古皮質は、爬虫類の脳と呼ばれ「食欲、性欲、自己保存」などの本能を司っています。旧皮質は動物の脳と呼ばれ「喜び、悲しみ、怒り」などの情動、新皮質は人間の脳と呼ばれ「予知し、計画し、制御する」などの知的な動きをそれぞれ司っているそうです(図-1)。ここで注目するのは、古皮質すなわち爬虫類の脳です。実は、人間の「社会規範」や「道徳」を支えているのは、最も原始的な「爬虫類の脳」なのです。爬虫類は、進化の過程で敵からの恐怖を経験することで、集団を作りました。そのなかで、集団の約束事や、行動様式を身につけていったのです。
 ここで竹村氏が注目したのが、文部省(現文部科学省)が小中学生一万一千人を対象に行った調査の結果です。(図-2)
 この結果は「自然体験を多く持つ子供は、社会規範が優れている」ということを示しています。そして、一つの結論にたどりつくのです。それは「自然のなかで爬虫類の脳を鍛えれば、社会規範(道徳観、正義感)を備えた人格形成がなされる」ということです。ここでいう自然体験とは、すなわち「恐怖の体験」なのです。子供に恐怖を体験させる? PTAに怒られそうな話ですが、実は私たちの身近には、気軽に恐怖を体験できる場所があったのです。

川遊びのすすめ

 日本の国土は、その七割が山岳地と丘陵地で形成されています。そこに降った雨や雪は、自然に地形に沿って集められ、沢となり川となって海に帰っていくのです。日本の文化は、川と共に歩んできたのです。みなさんのまわりにも、様々な川が流れていることと思います。また、子供の頃、川で遊んだ経験も多いのではと思います。そうです、川こそが、私たちの身近で気軽に自然を体験できる場所なのです。そして、まさに川は恐怖の連続でもあります。川岸まで行くときに足元の水溜りで靴を汚し、鳥の飛び立つ音に驚き、蛇が逃げて行くのを見て足がすくむのです。流れる水や、ぬるぬるした川底も子供たちにとって危険な存在です。自然の川は学校の安全なプールではありません。でも、川遊びは楽しく人間の五感の全てを使って、風と草と生物と水の流れを体験できるのです。しかし、問題が一つあります。はたして、子供たちを遊ばせることができる川が身近にあるのだろうか、ということです。

よみがえる川

 今、三十〜四十代の人たちは、子供の時、川が一番汚れていた世代と言われています。確かに昭和四十年代は、東京都と神奈川県の境を流れる多摩川も、下流の丸子橋付近では、下水道から流れ込んだ生活廃水により、洗剤の泡が舞っている状態でした。しかし、現在はどうでしょう。鮎が戻り、アザラシまで迷い込むぐらいにまで水質が回復しています。でも、なぜここまできれいになったのでしょうか? 下水道の整備が進んだだけではないような気がします。この疑問に竹村氏は答えてくれました。
 近年、川の水質が回復した要因は三つあるとのことです。まず一つ目は、やはり下水道の整備につきるそうです。二つ目は空間作りです。河川敷を整備し、公園や東屋を作る。そして雑草を伐採し、ごみを拾うなど、人が集まりやすい空間を作ることだそうです。三つ目は安全です。堤防や護岸の整備が進み、水害が少なくなったことにより、人が川に近づきやすくなったことだそうです。でも、それは行政や河川管理者が率先して行ったのでしょうか? 実は、流域の住民のみなさんの活動がそこにあったそうです。たしかに、公園や護岸を作るような力仕事は、行政の力を借りるしかありません。しかし「川をきれいにしよう!」「昔の川を取り戻そう!」という流域住民の声があって、初めて川はよみがえるのです。
 竹村氏は現在、平野の土地利用が窮屈な日本において、わずかに残された河川や海岸という貴重な公共の場を、人間にとっても、自然の生態系のためにも、後世に伝えるべき良好な空間となるよう大切に保全、整備する必要があると、鋭意、調査研究活動を進めています。「まずは、全ての川で子供たちが泳げるようにしたい」と熱く語ってくれました。

私たちが造ってきたもの

 先ほどお話ししたように、人間の脳は「予知して、計画して、制御する」働きがあります。すなわち、人間の脳は、予知、計画、制御できないものが大嫌いなのです。人間が予知できず、計画できず、制御できないものが一つだけあります。それは「自然」です。私たちは、その自然を排除し、人間の脳が制御できる空間、すなわち「都市」を造り続けてきたのです。常に「安全」と「安心」を追求し「危険」と「恐怖」を排除し続けたのです。その代償として、自然と私たちの生活は隔離され、必要最低限の「恐怖」まで失いつつあるのです。しかし、私たちは気づきました。安全と安心を求めながらも、自然と共存できる方法が、まだまだたくさんあるということにです。洗剤の泡が舞っていた川に鮎が戻ってきました。今まで近付きもしなかった川で、子供たちが泳いでいます。そこには、地域の人たちのボランティア活動や、NPO(非営利組織)などの地道な活動の下支えがあったことも忘れてはいけません。

私たちがこれから創るもの

清渓川復元プロジェクト
「高速道路の撤去が完了し、あらわになった覆蓋(ふくがい)道路」
(出典:JAPIC (社)日本プロジェクト産業協議会)
 行政や、河川管理者も動きだしています。大阪の道頓堀川の水辺整備事業や、京都の堀川水辺事業などは、すでにプロジェクトが進行しています。それぞれ、子供たちが泳げるようになるまでは、まだまだ長い道のりはありますが、住民と行政のパートナーシップのもと、都市に自然をよみがえらせ、水辺を活かした街づくりの事業が始まっています。
 海外に目を向けると、びっくりするような大プロジェクトが最盛期をむかえています。それは、韓国の首都ソウル市の中心部で行われている「清渓川(チョンゲチョン)復元プロジェクト」です。これは、老朽化したとはいえ、一日十七万台の交通量がある延長六キロにわたる高速道路と、その下部にある覆蓋(ふくがい)道路を撤去し、その下に流れていた清渓川を復元するという公共工事です。(二〇〇五年九月完成予定)「そんなバカな話!」が実際に行われているのです。竹村氏はこのプロジェクトのことを「交通の利便性と効率を犠牲にしたという点で過去に例がなく、近代文明を変えるものすごい挑戦である」と評価しています。
 ところで、日本でも東京の日本橋川を再生させようという構想が練られているのをご存知ですか? 日本の道路の起点と言われている「お江戸日本橋」の上空を覆っている首都高速道路を移転し、川沿いの整備を行うという計画です。実現までは、数十年、数千億円という気が遠くなるような事業ですが、行政や市民団体の活動は、日本においても活発になってきています。私たちのまわりには、現在進行している公共事業においても、国民に知られていないものがまだまだあります。私たち建設産業は、自然との共生を考え、国民の「安全」と「安心」を求め、社会資本の整備に携わっています。日建協では、私たちのありのままの姿を、もっともっとみんなに知ってもらいたいと考え、土工協(社団法人日本土木工業協会)の「一〇〇万人の市民現場見学会」をつうじて、他産業の人たちにも「知る機会」を提供する活動を開始しました。
 竹村氏は最後に「建設産業は、みんなにもっと仕事を見せるべきだ。日建協はそれができる!」と、激励の言葉を私たちに送ってくれました。
竹村公太郎氏
財団法人リバーフロント整備センター理事長
竹村氏は現在、立命館大学の客員教授として、土木系の学生にインフラと日本の
文明の関係を通して、先を見る目を育てたいと、教鞭を執られています。

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