2.コストの透明性の確保


−提 言−

建設業の企業経営者に向けて
@ 発注者との健全な信頼関係を構築するためにコストを透明にするべきです。そのためには、当然のことですが、工事内容はあくまでも契約時の設計図書がベースであり、仕様書や設計図などを含めた設計図書は曖昧なものであってはいけません。また、本見積での積算金額を工事費の根拠として契約を締結すべきです。
 本見積での大括りな出精値引きはコストを不透明にするだけであり、企業に対する社会からの信用・信頼を失うだけです。また、各工種毎の見積明細の内訳は、協力会社への下請契約に反映されるものです。協力会社に対して一方的にしわ寄せを強いる不合理な単価や過度な出精値引きは、協力会社との健全な契約関係が維持できなくなるだけでなく、品質や安全管理といった施工面にも支障をきたす危険性をはらんでいることからも改めるべきです。さらに、契約後の設計変更や追加工事については、曖昧なまま工事を進めずにきっちりと追加契約を締結し、発生したコストについては正当に対価を要求すべきです。
発注者・設計監理者に向けて
@ 建設コストを透明にさせることは、物価指数などの合理的な要件とリンクしない不規則な価格の変動を抑止するだけではなく、エンドユーザーからの建設費の開示を求められた際、その妥当性を説明し、販売価格に対する不満や不信感を払拭する上でも、重要なことであり社会的責務です。
A 施工者と直接契約関係にない設計監理者は、建築士としての責務に則って工事監理することは当然であり、工事費を無視した恣意的な業務依頼や設計変更は改めるべきです。また、建築主の代理人として、発注者の不適切な要望に対して、建築士倫理をもって再考を促すべきです。

―現状と問題点―

 請負契約を締結する際の工事金額は、契約時の設計図書から詳細に算出した本見積を根拠として決定されなければいけません。また、契約後の設計変更に対しても適切な対応が必要とされます。しかし、現状の契約金額や変更追加工事について、下記のようなケースが多く見られ、この様なことが建設コストを不透明にし、社会からの不信感を助長させる一因となっています。
概算見積が先行し、本見積までの過程で仕様が上がったにもかかわらず概算金額で契約している
発注者からの一方的な安価な工事価格の提示に対し、持ち出しだと知りながらも受注している
契約当初、VE(バリュー・エンジニアリング)提案を認めるとしていたが、実際は仕様が詳細に決まっており変更の余地などない
契約後、発注者・設計監理者の指示による材料などの仕様が上がったにもかかわらず追加変更契約が認められない

 この結果として、採算を度外視した安値受注や赤字工事となるのです。当然企業組織として対応はするものの、そのしわ寄せを、協力会社との下請契約や、作業所の配属人数を減らす、賃金カットなどの人件費削減で相殺しています。それによって、作業所に従事している職員の負担を増加させ、長時間労働など労働環境を一層悪化させていることや、労務費削減による作業員への影響は深刻なものです。この様な状態が続けば、建設会社の生命線である品質にも影響を与え、黄信号を点すことに繋がるだけではなく、利益を確保できないことから会社の収益を圧迫し、財務内容を悪化させることによって、ひいては企業の存続すら危うくしています。また、安値受注が繰り返されれば、ますますコストを不透明にするとともに、それを行った企業だけでなく産業全体を衰退させることからも、安値受注の改善は急務といえるでしょう。

 それでは、なぜ安値受注を行うのでしょうか。根本的には下記に示すような建設産業が抱える課題がそのまま原因になっていると思われます。

完成工事高(受注高)を確保したい
・公共事業における経営事項審査(経審)の完工高評点の維持・向上
・業界ランクの維持・向上
・余剰人員の回避
・受注目標が絶対の人事評価(受注>利益)、成果主義の浸透
価格競争に慣れていない経営体質
・市場の競争による再編淘汰を経験していない保護された産業
・工事価格の不透明さ
現場努力で何とかなるとの判断
・設計変更、VEで利益回復を期待
・環境の変化に機敏に対応できない経営体質(過去の経験で判断)
顧客との関係維持したい
・顧客とのつきあい上やむをえない
・次期(別件)工事を受注するため仕方なく

 最後に、なによりも忘れてはいけないことは、その影響を最終的に被るのは、顧客であるエンドユーザーであるということです。そして、販売価格の上下動は個人の資産形成にも影響を与えることからも、売主(発注者)をはじめとする分譲マンション事業に携わる関係者の社会的な責務は重いでしょう。
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3.適正な工期の設定


−提 言−

建設業の企業経営者に向けて
@ 施工者は受注したいからといって、発注者の要望だけで安易に工期設定すべきではありません。それ以外にも「住宅の品質確保の促進に関する法律(品確法)」、「労働安全衛生法(安衛法)」や「労働基準法(労基法)」などの社会規範となる法律や日本建築学会建築工事標準仕様書(JASS)などとの整合性が取れるか検証した上で応じるべきです。
A 受注者(団体も含む)は、自然条件による作業不能日、生産プロセスや労働環境などに配慮した適正工期を再定義すべきです。また、適切な施工を行うためにも発注者の理解を求めるべきです。
発注者・設計監理者に向けて
@ 発注者は、想定している工期が品質面で適切であるか検討し、事業計画との整合性をはかりながら施工者と協議した上で工期設定すべきです。また、短工期施工は、品質面で悪影響を及ぼすだけではなく、必要以上に人、資機材などを投入することからコストアップとなることも十分認識し考慮した上で事業計画を策定すべきです。
A 建築主事や行政に提出する監理報告書など、設計監理者は品質や工程について指導・監督の責務があります。建築基準法やJASSなどの専門的な観点から、建築士として適切な助言を行うなど、事業計画全体に関与すべきです。

―現状と問題点―

 現状の契約工期は、工事内容や施工プロセスなどと整合性がとれていない短工期での設定が多く見られます。それは、発注者からの一方的な工期の提示だけではなく、中には、受注者が自ら営業上のツールとして使っている場合もあります。
 過度な短工期での施工は十分な品質を確保する上で悪影響を及ぼしかねません。特に、屋外での躯体工事や外装工事などについては天候に大きく支配されます。また、コンクリートの施工については、適正な養生期間や乾燥期間を確保しなければ十分な品質は得られないなどからも、工期は建築物を造る上でとても重要なことです。
 作業所に働く職員からも、厳しい工期の中、工程に追われることから品質や安全といった施工管理が十分に行き届かなくなることを懸念する声が挙がっています。更に問題なのは、作業員に対する影響です。工程が厳しいことによって焦りが生じ、その焦りが施工を雑にさせるだけではなく、事故や災害を発生させる危険性を増大させます。建設会社にとって品質と安全の確保は企業の社会的責務であり、これらが疎かになれば、企業の信頼は喪失し、極端な場合、市場からの撤退をも余儀なくされます。

 過度な安値受注や短工期による施工により、職員の所定外労働時間は、平均で87.97時間/月(年間総労働時間で2,925.6時間)となっており、身体的・精神的にも限界にきています。1ヶ月当り80時間以上の時間外労働が恒常的に行われているとすれば、業務上の過重労働になります。雇用主は、社員に対して安全配慮義務を負っています。これを怠った場合、平成9年の電通事件の判例でもあるようにその責任は会社側にあることを忘れてはいけません。

 このような過酷な状況は、社員の労働意欲やモラルの低下を招き、仕事や会社に対する不満を抱かせるだけではなく「ものづくり」という喜びを見出せなくなるなど、建設産業に対する魅力の減退に繋がっています。また、余裕が無い厳しい工期の中で、建設産業の将来を担う若手社員への教育や指導を行う時間が取れず、今後の技術力の低下が懸念されます。

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4.行政機関に望むこと


―公正かつ自由な競争ができる契約関係を確立するために―
 現在、民間マンション建築工事における請負契約は、双方対等な関係とはいいがたい状況です。発注者は、受注者に対し契約外の業務の依頼や販売協力など、発注者の優越的な立場を利用しているといわざるをえないようなサービス提供の要求をしています。それに対して受注者も、依頼内容に疑問を感じながら、従来の建設業における商習慣から断ることを諦め、それに応じる場合が多々あります。さらに、採算を度外視した安値と知りつつ工事の受注をしていることも事実です。
 これらの問題を放置してきた受注者は、反省しなければならないことは勿論ですが、発注者に対しても「独占禁止法」で規定しているように、優越的地位の濫用行為ともいえる要求を慎んでもらうとともに、公正かつ自由な競争ができる契約関係の確立を望みます。そのためには、不公平な契約関係が繰り返されないよう、また、公正かつ自由な競争による産業の発展が望めるよう、指導の徹底を要望します。

―品質・安全を確保するために―
 過度な短工期は、適正な生産プロセスによる施工を阻害し、品質に悪影響を及ぼしかねません。また、日々工程に追われる中、作業環境は安全管理の不備や労働者災害・事故をも招きかねません。「品確法」や「安衛法」の趣旨からも、生産プロセスや労働環境を考慮した適正な工期設定の促進や、過度な短工期設定の是正・改善に向けた指導を要望します。

―労働条件改善に向けて―
 短工期や安値受注によって、民間マンション建築工事に従事している職員の長時間労働が常態化していると推察でき、いつ過重労働による過労死や過労自殺が起こってもおかしくない状況です。また、1997年の週40時間労働制の完全実施により、週休2日制が世間の常識となっていますが、現状との乖離がますます広がる一方です。作業所に従事している職員の健康という観点からも厚生労働省労働基準局発「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(2001.4.6)、「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」(2002.2.12)などの通達で改めて指導している内容の周知徹底を強く要望します。

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5.労働組合がなすべきこと


過度な安値受注は、会社の収益力を圧迫することや財務内容を悪化させることによって、職員の生活の糧である賃金のカットや雇用の喪失という状況を招いており、さらには企業の存続すら危うくしています。厳しい労働環境の中、健康に対する不安、労働意欲の低下や建設産業の魅力の衰退を感じている職員が増加しています。また、会社や建設産業の将来に対する不安から閉塞感を抱き、辞めていく若手社員が増え続けている状況です。この現状に歯止めを掛けるためにも労働時間の短縮など労働条件の改善に向けて、私たち労働組合は、日頃から労働協約に定められた労働条件の維持・向上と、労働者の雇用を守るため、経営に対するチェック機能を果たしていきます。

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